観光地の駅前で、旅館やホテルの送迎バスがドアを開けて待機している光景は、令和の現代でもよく見かける。しかし、そのバスの外装デザインには、昔からどうしても解せない謎がある。
乗降ドアが開いた瞬間、車体の文字が分断され、 「ホレニューアカオ」 「tel New Akao」 といった具合に、崩壊が起きるのだ。思わず「おい!」と現実に引き戻されるこの現象は、世界中の商用車で長年擦られ続け、今なお増殖を維持しているネタだ。
短時間の積み下ろしが目的の貨物車ならまだ諦めもつく。だが、乗客を迎え入れるためのバスでこれが起きると、目印としての機能を損なってしまう。商用車のデザインの本質は、情報を正確に伝えることにあるはずだ。それゆえ、人間が乗降するドア付近のデザインには、より明確な意志が求められる。
多くの車体デザイナーは、ドアを閉じて走行している姿しか考えていないのではないか。しかし、送迎バスの主戦場は駅前の待機列である。ドアを開け放ち、これから泊まる客を待つ時間の方が長いくらいだ。ならば、ドアが開いた状態でも「◎◎ホテルですよ!」と淀みなく自己紹介できてこそ、真のおもてなしというものである。
これに対してデザイナー諸氏からは、「ドアを閉めたときに不自然な余白ができる」と反論があるかもしれない。
確かにその通りだが、その余白をドアの開閉ギミックと連動させ、どちらの状態でも美しく見せることこそがプロの仕事である。ドアが閉じている時も開いている時も、何食わぬ顔で正しい情報を伝え続けるデザイン。それがあまりに自然すぎて誰からも絶賛されないとしても、世間に突っ込まれる隙を一切与えないデザインこそが、実は最も優れているのである。

