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クリエイトされたマルハラ


若者世代は、句点「。」で終わっているメッセージに対して、相手が怒っていると感じるという。これがハラスメントだ、「マルハラ」だ、という見立てだ。気に入らないことはなんでもハラスメントであると主張する「ハラハラ」に感じられるのには、いくつかの原因があることのように思う。

捏造 創造されたハラスメント

そもそも威圧感と言ってるだけでハラスメントだとは言ってないのでは? なかなか元の発言を追えていないが、バズる匂いを嗅ぎつけた大手メディアが一枚噛んできた。

察するに「『句点に威圧感ある』というだけのもの」が、いつのまにかハラスメントと衣を着せられて拡散されているだけだ。ただの威圧感ならば「それは個人の感想ですよね」と、意見のすり合わせをして落とし所を探せる。なのに大袈裟にハラスメントだと主張することで、それは社会を巻き込んだ騒動にすることができる。人民を煽動して騒動を創造するのがメディアの仕事なのだとしたら、大成功だと言えよう。

続けて、こんなようなことを提言する。

『!』や笑顔の絵文字を1つ付けるといい

産経新聞 2024/2/6 16:37

ま? 絵文字多用が気持ち悪いおじさん構文だと言われてちゃうのに?😏

よく見れば、「1つ付ける」と言っているが、ひとつで済まないからおじさん構文と言われちゃうんでしょーっ! なぜ双方歩み寄るんじゃなくて、句読点世代が一方的に合わせようとさせたがるのか。

簡単だ。嫌がらせハラスメントしてる側が合わせよ、というメッセージだ。いじめハラスメントに屈してはならない道理があるからだ。しかし、それはボタンを掛け違えているので、永遠に溝は埋まらない。

「。」が嫌がられていると持ち上げる理由を考えてみる

そんなに毛嫌いすることないじゃん。ただのちっちゃい○じゃん。

日本語をよく理解していない

子供は、自分達の小さなコミュニティが世界そのものだと勘違いしがち。世界から見たらごく小さなコミュニティの中で、SNSを利用して繰り返し短文を応酬する交流している。その短文交流の中で略語が流行し、短文には句点どころか読点も不要なほど短くなっている。そして意味を失った記号にいつの間にか新たに「ひそかな怒り」という役割を与えられた。

  • 文章を読むこともなく、動画で済ますと人種
  • その動画も要約や結論だけのショートムービーで済ませる人種
  • 手紙どころかEメールすら使わない人種

複数で構成する文章を組み立てる能力が失われて当然だし、文章不要の生活には句読点なんか使わない。「自分たちの世界」に無い記号には意味は無く、意味の無い不気味な記号に対して新たな意味が与えられる。

句点の役割は現在でも文の区切りであることは間違いない。そこに感情がどうこうということは広い世代に受け入れられているとは言い難い。ただし言葉は常に進化し変容している。だから、強力なガイドラインはあるけれど、恒久的な正解というものが存在しない。

 

自分が厭だと思ったらそれは相手が悪いという教育方針

今のところ、特別な感情を込めて「。」とする人はいないと思う。シャットアウトする意図で「モーニング娘。」という名前になっていないと思う。

「いじめ」に対応する基本として、自分が厭だと感じることは相手に意思表示しろ、他人に相談しろ、としつけられている。それでたくさんの命が救われるとは思う。ただ、責任も解決もすべて他人によって完結するので、自分で考えたり調べたりという行動の習慣は身につかない。交渉して相手に変化を求めるでもなく、相手を思って自分が行動するでもない。

新しいハラスメントの開発はやめてほしい

「威圧感ある」という意見が、すなわち嫌がらせであるとするのは飛躍しすぎだ。

何でもハラスメントということで解決したことにしたいハラハラ(「ハラスメント」ハラスメント)であることなんて一切無視して、一悶着あることにし、社会を混乱させる。ふんぞり返って外野から高みの見物をしていればいいのだ。そして存在しない問題点について提言を発して、なんとか威厳を保つ欲求を満たしたいメディアに人民はいつでも振り回されている。

 


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